■ 怒涛の一日。こんな思いはもうしたくないよ〜。 |
湛江 Zhanjiang |
次の朝、私たちは湛江に到着した。到着する前に、旅行社の人らしき人が列車の中で海南島の海口行きのフェリーの切符を売りに来た。周りにいた何人かの中国人の人が買っていたし、電車から降りてわざわざ探さなくてはいけないのを考えると、ここで買ってしまったほうが良いと思った。相手は中国語だけ話す人だったので、何とか筆談で交渉する。湛江から、高速船が出ているはずであるのでそう思い、かかる時間を聞いたら3〜4時間と言っていたので間違いないと思った。
そして、何の疑いもなく1人70元を払い、購入したのが運の尽きであった・・・・日本のツアーのように旗を持った人に誘導され、バスターミナルまでぞろぞろとみんなで歩いていった。そうか、これに乗ってフェリー乗り場まで行くんだ。そして高速フェリーで海口までひとっとびか。そう考えていた私達は、甘かった。添乗員は、いくつかのきれいなバスの前を通りぎ、やがておんぼろのバスの前で立ち止まった。
バスは、かの有名な「寝台バス」。私たちは2階の席へと押し込まれた。(・・・ホントにギューギュー押された。)まだ時間があったのでトイレに行っておくことにした。これが、最善であったことに気づくのはまだまだ先のことであった。バスはなかなか出発せず、小一時間ほどたった頃、ようやく出発した。と思うと、また途中で停車するではないか。様子を見ると、添乗のような人が道で交渉して人をかき集めている。しかも、凄いドスの利いた声である。
私たちは他の場所でも、こういった光景を見てきたのであまり気にしなかったが、どんどん増えてくる人の気配にただならぬものを感じていた。夫が背が高く、体格のいいことが私たちをまだ幸運に導いた。2階の私たちはまだスペースを確保できていたが、1階の人たちは本当におしくらまんじゅう状態だった。更に通路にも、これでもかと人を詰めていく。
そして、ついにバトルが始まった。まず、添乗の兄ちゃん同士の内輪もめ。内部抗争か!? あきらかに、集客の問題であろう。一人はこんなに乗せるんじゃないっ!!そして、それを聞いていた乗客に火種が散った。今度は料金の問題だ。もうこうなったらどうしようもない。バスは動いているし、私たちは2階で拘束状態のため、逃げることもできない。添乗の兄ちゃんはかなりドスの利いた声で怒鳴りまくる。客も負けてはいない。私たちは、早くこの争いが終わって船着場に到着することを願った。
バスに乗り込んで約30分が経過し、これはもしや最悪の旅になるのではないかという不安が、現実のものとなっていった。怒った乗客が途中で降り、喧嘩はおさまったものバスは止まる気配がまったくない。トイレに行っておいて良かった。
若い兄ちゃんが、例のどすを聞かせた声で何かしゃべる。こっ、怖いよ〜! 二度とこんな寝台バスになんか乗るもんか!と誓った私達であった。そしてだんだん不安になってきた。車内はまるでゲームセンターのごとく、VCDの大音量の曲が流れ、私たちが寝そべる頭の方向には何人ものおじさんたちの足が横たわっている。それがまたひどいにおいで、ダブルパンチならぬトリプルパンチである。しかも、気分の悪くなった人がゲーゲー窓から吐くし、これはもう耐えられないような状態で、我ながらよく我慢ができると感心するほどだった。
バスは結局3時間走りつづけ、その間は一度もトイレ休憩などで止まることはなかった。いや、トイレに行こうものなら怒鳴り散らされそうな雰囲気。バスを降りられるスペースさえ確保できない状態だ。辺りは次第に、トロピカルな様子に変わっていく。赤土とやしなどのコントラストがきれいなどと考えながら、気でも紛らさないと不安になるばかりだった。通り過ぎる村もかなり田舎といった感じだ。しかし、こんな所で突然放り出されたら・・・と考えると恐ろしくなった。
やっとバスが停車すると、今度はまたすごい勢いでバスから降ろされ、小さなシャトルバスへと誘導される。そのシャトルバスでは1元の支払いを要求される。またもやギューギューに押し込まれ泣きそうになったが、意外なことにあの恐い兄ちゃんが、私達の為に席を確保してくれた。どうやら、外国人ということで他の人よりも優遇してくれていたらしい。やるじゃないか!アンちゃん。
やがてフェリーターミナルに着き、今までの悪夢がようやく終わることにホッとしていた私たちは、また更なる悪夢へと導かれることとなった。
◆ 本日の教訓
寝台バスは絶対乗らざるべし!
乗り込んだフェリー、その名も海虹1号。湛江から海口(海南島)までの高速フェリーのはずが、何故こうなってしまったのか・・・後悔の念はいつまでも消えないのであった。そして、追い討ちをかける事態がまたもや起きるのだ。
12:40にフェリーターミナルを出発する。海虹1号は、口で言い表せないほどラフで、今実際にこれを書いている状態でも思い出すだけで気分が悪くなりそうである。決して海が荒れていたわけではないが、フェリーは揺れに揺れ、「インスタント船酔い人」作成機ともいえるものだった。気分が悪くなった人々は、次々とトイレに駆け込んでいく。しかし、ドアを開けて「おえ〜っ。」と叫ぶのはやめてほしかった。本当に悪夢だった。しまいには、みな座席でやりだした。傾斜のせいで、前の座席から流れてくる物体からバッグを守るのにも必死であった。
目をつむって、耳にティッシュを詰め、そのオエオエ攻撃を何とかかわそうとする。そして、眠ってあんまり考えないようにするのだが、精神的に無理である。しかし私はやった!何とか我慢することができたのだった!!私は、中国を旅行すると、だんだん何でも堪えられるようになってくるんだと確信した。(実際ちょっと強くなった。)
あとから知った話だが、なんでも海南島に鉄道ができるらしい。しかも広東省湛江−海安、海安−海口(連絡船で汽車を運ぶ)、海口−三亜と計画されているという。つまり、私達のたどった、このルートだ!そういえば線路みたいなのも見えたな。寝台バスよりも、絶対鉄道の方がいい。今度は絶対だまされないぞ。
船が海口に到着すると同時に、我慢の限界を超えた私たちは、人の波を掻き分けて1番最初に船から脱出することに成功した。もうだまされてなるものかと、船着場で待ち構えていた怪しげなバス旅行社の人々を無視し、ずんずんとタクシー乗り場へと歩いていった。2人とも本当にすごい形相だったので、向こうも声をかけたはいいが、殺気を感じたに違いない。とにかく、まずタクシーをゲットして街中まで出ることが最善と思われた。タクシーにすぐさま乗り込み、三亜行きのバスのチケットを買う為あるホテルへと向かった。しかし、乗ったタクシーの運転手がまたなんとなく怪しげだ。私たちは今晩はここに泊まるとうそをついて、途中で降ろしてもらうことにした。しかし、「どこに泊まるの?三亜まで連れてってあげるよ〜。安くしておくからさ。」なんて感じのことを言われ、執拗にいろんな事を聞いてくるのだった。このままでは、ボラれる可能性大と感じた私たちはとにかくホテルの近くで無理やり降りることにした。
タクシーから逃れ、ロンリープラネットに載っていたホテルへ高速バスのチケットを求めに行った。しかし残念ながら、そこでは扱っていなかった。しかし、そのホテルの中のインフォメーションセンターの人はとても親切で、海南島で泊まる予定のホテルへ私たちが少し遅れて到着することを電話してくれ、バスターミナルの場所も教えてくれた。
バスのチケット売り場では、迷わず豪華バスを選び、日本と同じような、清潔で広々としたバスにいざ乗り込んだ。(実際日本製だった)三亜までの所要時間は約3時間半らしい。15:30出発なので7時ぐらいには到着できるのだ。車内では、ミネラルウォーターとおやつまでもらって、そのとたん今までの旅のつらさが思い出され、あまりの違いに涙ぐみそうになった。実際、人生の中でこれほど幸福感を感じたことがあっただろうかと思わせるほど、このバスは最高だった。
しかも中2階の座席は他に2人しか客がいなかった。バスが出発するとVCDで映画が上映された。クーラーもしっかり入っており、格段の快適さに、今までの疲れがどっと出て、あっという間に眠りについてしまった。そのおかげでほとんど景色を見ることなく、三亜に到着してしまった。
◆海口から三亜まで豪華バス
78元 絶対これはおすすめ!ケチらずこれに乗ろう!
さて、目的地の三亜まで約3時間、ようやく現地に到着すると、バスガイドの人が私たちの泊まるホテルまでのミニバスを手配してくれ、無事にホテルに着くことができた。三亜の人はなんて親切なんだ!と感動する二人であった。
三亜明珠海景酒店 は、鹿回頭というふもとに建つコテージ風ホテル。さすが南国のホテルらしく、スタッフの人はみなアロハシャツで出迎えてくれた。リゾート気分満点である。ホテルの部屋からはビーチが一望でき、とてもリラックスできる雰囲気だったので、私たちは今までの旅の疲れやストレスを癒すことができた。このホテルもネットで格安で予約が取れた場所だった。普通ならお正月前で一泊1000元ぐらいするところを400元ぐらいで宿泊することができたのは幸運だった。ホテルからの眺めは最高で、白い砂と海の青・ブーゲンビリアの鮮やかなピンクがますます南国ムードを高めていた。
ホテルの中には、飲茶があったのでまたそれを楽しんだ。そして、ようやく長かった一日が終わった・・・・
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